。今は(真理に達するためには私は何を避くべきでありまた何を為すべきであるかに気づいた後)、過ぐる数日私の陥っていた懐疑から抜け出すことに努めるということ、そして物質的なものについて何か確実なものを得ることができるかどうかを見るということ、よりも緊要なことはないと思われる。
 しかも、何かかかる物質的なものが私の外に存在するかどうかを調べるに先立って、私はこのものの観念をば、それが私の思惟のうちにある限りにおいて、考察し、そしていったいそのうちのどれが判明であり、どれが不分明であるかを見なくてはならない。
 言うまでもなく私は量を判明に想像する、これを哲学者たちは普通に連続的なものと称している、すなわちこの量の、あるいはむしろ定量を有するものの、長さ、広さ及び深さにおける延長を判明に想像する。このうちにおいて私は種々の部分を数える、これらの部分に私は各種の大きさ、形体、位置、及び場所の運動を属せしめ、またこれらの運動に各種の特徴を属せしめる。
 また、単にこれらのものが、かように一般的に観られた場合、私にまったく知られていて分明であるのみではなく、さらにまた私は、注意するならば、形体につ
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