のものにのみ及ぶように、制限するたびごとに、私が過つということはまったく生じ得ないからである。すべて明晰で判明な知覚は疑いもなく或るものであり、従って無から出てきたものであり得ず、かえって必然的に神を、私はいう、かの最も完全な、欺瞞者であることと相容れないところの神を、作者として有している、それゆえにかかる知覚は疑いもなく真である。また今日私は単に、決して過たないためには私は何を避くべきであるかを学んだのみでなく、同時にまた真理に達するためには何を為すべきであるかも学んだ。すなわち、もし私がただ私の完全に理解するすべてのものに十分に注意し、そしてこれを私のいっそう不分明にいっそう不明瞭に把捉する余のものから分離するならば、私は確かに真理に達するはずである。かくすることに私はこれからは注意深く努力しよう。
[#改丁]

     省察五

  物質的なものの本質について。そして再び
     神について、神は存在するということ。

 神の属性について、私自身のすなわち私の精神の本性について、私の探究すべき多くのことがなお残っている。しかしこれはおそらく他の機会に再び取り上げられるであろう
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