に捕えようとする。私の肢体をとおしてあくことなき活動を求める私の強い盲目な本能と情緒とが私を憂鬱なものにしてしまおうとしている。敬虔な人々の断食と祈とについて読んで感動されて、一般に食をとるということ、殊に私のように余分に贅沢な食をとるということを深い罪のように意識した私は、一時間も経《た》たないうちに友人に誘われるままにレストーランで馬のように食っていた。あるとき一人の聖者の伝を目にして感激のあまり私は寮を飛び出して、広い武蔵野を限りもなくさまよった。私は彳《たたず》んだり寝転んだり仰いだり俯したりしながら、到る所私の過去の生活の罪の意識に責《せ》め苦しめられつつ、ただ何ということもなしに自然《ひとりで》に祈っていた。秩父の山に落ちる赤い夕日が一面に野を染めて木々の梢には安静が宿るとき、私は魂の故郷《ふるさと》への旅人のような寂しいけれど安らかな気持につつまれて小さい声で祈の言葉を口にした。その夜美しい月は生の悩みを喘《あえ》ぐ地を明るく照らした。朝飛び出したまま少しの食事もしていなかったが、私はその夜は徹夜して野をさまよいつつ私の罪の浄めに従おうと決心した。とある小川の橋の上に立止
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