の方へとはいって行《ゆ》くと、偶然、庭の方へ通じてる勝手口を発見した。半月刀のような月は嵐の名残の雲を払いつくして皎々たる光を庭中の隅々に投げていた。彼はその時青い服を着た丈《せい》の高い姿が芝生を横ぎって主人の書斎の方へ大股に歩いて行《ゆ》くのを見た。軍服の襟や袖に銀白色に輝く月光の一閃で、それは司令官のオブリアンであることがわかった。
 その人影は仏蘭西《フランス》式の窓をくぐり抜けて、建物の中へ消え去った。ガロエイ卿を苦々しいような、または茫漠としたような、一種不思議な気分の中に取残して、劇場の場景のような銀青色の庭は何だか彼を嘲ってるように思われた。オブリアンの大股な洒落者らしい歩みぶり――ガロエイ卿は自分は父親ではなく、オブリアンの恋敵でもあるような気がして、腹が立った。月光は彼を狂わしくした。彼は魔術にかけられてワトオ(フランスの画家)の仙女の国に遊ぶような気がした。それで、そうした淫蕩な妄想を振落したいものと思って、彼は足早く敵《かたき》の跡を追うた。すると草の中で木か石のようなものに足を引掛けた。つぎの瞬間、月と高いポプラの樹とがただならぬ光景を見下ろしていた――英国の
前へ 次へ
全42ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング