「申上げます、ブレイン様は[#「ブレイン様は」は底本では「ブイレン様は」]もうお帰りになりましてございます」
「なに帰ったと!」ヴァランタンはこう叫びながら初めて席を立った。
「行っておしまいになりました。夜逃げをなさいました。蒸発をなさいました」とイワンは滑稽な仏蘭西《フランス》語で答えた。「あの方の帽子も外套もございませんのです。私は何か痕跡がないかと表に走り出てみますと、私は偉いものを見つけましてございます」
「何だというんだ、それは?」
「お目にかけますでございます」と彼の召使はいった、そして切先と刄の部分に血痕のあるピカピカ光る抜身の軍刀を持って来た。一同は雷に打たれたようにそれを瞠《みつ》めた。しかし物馴れたイワンは全く平気で語をついだ。
「私はこれを巴里《パリー》街道を五十|碼《ヤード》ほど行ったところの藪中に放り込んでございましたのを見つけましたんです。つまり、私はあなた様の大切なブレイン様がお逃げになる時におなげになったちょうどその場所でこれを見つけましてございます」
再び沈黙が起った、しかし今までのとは違ったものであった。ヴァランタンは、抜身を取上げて、検べてみて
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