とすれば、それを見たはずの人は誰でしょう――少なくともそれを知っているはずの人は誰でしょう? お父様はオブリアンさんをお憎みになる余り御自分の娘までもその――」
 ガロエイ夫人は金切声をあげて叫んだ。他の一同は若い二人の間に起ったであろうその悪魔的悲劇に思い触れてギクッとした。彼等はスコットランド貴族の誇り高い白い顔と、暗い家の中のふるい肖像画のような、愛蘭土《アイルランド》の危険人物である、彼女の恋人とを眺めた。
 病的な沈黙の最中に、一つの無邪気な声がいった。「それはよほど長い葉巻だったかしら?」
 突然の言葉に彼等は吃驚《びっくり》して、誰が言ったのだろうかと周囲を見廻した。
「わしは」と室《へや》の隅っ子から師父ブラウンは云った、「わしはブレインさんが喫うておられたという葉巻のことをいうとるんですぞ。それは散歩杖のように長い葉巻のように思われるんでな」
 一向に要領を得ないような言葉ではあったが、それを聞いて頭を持上げたヴァランタンの顔には感心したような、癇癪を起したような表情が浮んでいた。
「いや全くです」と彼は鋭く云った。「イワン、もう一度ブレインさんを見に行って来れ、そし
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