した。「そうな」愛蘭土《アイルランド》言葉丸出しで叫んだ、「月を眺めていましたよ。自然と霊感を交えましてなア」
 重苦るしい沈黙が続いた。やがてまた例の物凄いノックがきこえた。イワンが刀身のない鋼鉄製の鞘をもって再び現われた。「これだけしか見当りませんでございますが」とイワンは言った。
「卓子《テーブル》の上に置け」とヴァランタンは見向きもせずに云った。
 残忍な沈黙が室内を支配した、死を宣告された殺人者の法廷のまわりに漂う限りない残忍な沈黙のそれのように。公爵夫人が弱く叫び声をたてたのも疾《とう》くの昔に消え去っていた。次に発せられた声は全く想いもよらぬ声だった。
「あの、申上げたいのでございますが」とマーガレット嬢は勇敢な女が公衆の前で話す時の、あの澄んでふるえを帯びた声で叫んだ。「あの、私はオブリアン様がお庭で何をなすっていらっしったか、よく存じておりますの、オブリアンさんは言いにくいので黙っていらっしゃるんですけれど、あの、実は私に結婚のお申込をなさいました、けど私はお断りいたしましたの。私共の家庭の事情上お断りするより外に仕方がないので、私、ただ私の敬意だけを差上げますからっ
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