二人は腰掛から飛上った。その拍子に腰掛が躍った。
「それでなお不思議なことは」とブラウンは鈍い眼で庭の石楠花《シャクナゲ》を見やりながら続けた、「今度のも前と同じ伝でな、首斬事件なんですて、第二の首は例のブレインさんの巴里《パリー》街道を数|碼《ヤード》ほど先へ行った河の中で真実血を流しておったのを発見したんでな、それで皆んなの推量では、あのブレインさんが……」
「へへえ! ブレインは首斬狂者なんだろうか?」とオブリアンが叫んだ。
「亜米利加《アメリカ》人同志の仇討ですかな」ブラウンは気の浮かなそうに云った。「それであなたがたに図書室へ来て見てもらわなければならんということでしてな」
 オブリアンは胸がむかつくように感じながら、二人の跡について行った。
 図書室は天井の低い細長い暗い部屋であった。主人のヴァランタンは執事のイワンと共に、長いやや傾斜した机の向側で一同を待ち受けていた。机の上には庭で発見された被害者の大柄な黒い身体と黄色い顔とが大体|昨夜《ゆうべ》のままで横たわっていた。今朝河の葦の叢の中から拾った所の、第二の首は、それに並んで、血の滴り流れるままに置かれてある。その胴体は河の中に漂っているだろうと云うので、この家《うち》の男共が今なお捜索中であった。師父ブラウンはオブリアン司令官の鋭敏な神経に付合いをするような人では少しもないので、新しい首の所へ行って、眼をしばたたきながら検べた。それは横に射込む赤い朝陽を受けて、銀白色の火をもって飾られた、ベタベタした白髪の束としか見えなかった。面部は醜い紫色をしていて、一見罪人型と見えたが、それは河中に転がっている間に木や石に打ちこわされたのであった。
「おはよう、オブリアン君」ヴァランタンは叮嚀に云った。「ブレインがまたもや首斬罪を犯したという事はもう御ききでしょうか?」
 師父ブラウンはまだ白髪の首の上に身を屈めていた、それから顔を上げずに彼はいった。
「はア、左様、今度のもブレインの仕業だということはたしかじゃろう」
「そうですとも、それは常識でわかります」とポケットに両手を入れて、ヴァランタンが云った。「前のと同じ方法で殺しました。そして前のから数ヤードもはなれない場所においてですな、しかも彼が持ち逃げたと考えられるあの同じ軍刀でスパリとやったものです」
「左様、左様、ほんとになア」と師父ブラウンは素直に
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