ものですな、時に博士、イワンは被害者のポケットに米国の貨幣がはいっていたと私に話しましたが、すると、被害者はやはりブレインの国の者だったと見えますな。それでもう事件には疑問等は何もないようですな」
「いやここに五つの大きな疑問があるのです」博士は静かに言った。「ちょうど塀の中に更に高い塀がある様に。しかし誤解しないで下さい。ブレインがやったという事を疑うんじゃないですからな。彼の逃亡。それが何よりの証拠です。しかしあの男がどういう風にしてやったかが問題なのです。第一に人を一人殺すに、どうしてああした大きな軍刀等を用いたのでしょうか、ポケットナイフで充分殺すことが出来るし、そして後でポケットの中へしまう事が出来るんですからね。第二の疑問は、兇行の時になぜ物音も悲鳴もきこえなかったのでしょう? 人間は通常、一方が蛮刀をふりかざして迫って来るのを声も立てずにただ見ていられるものでしょうか? [#「でしょうか? 」は底本では「でしょうか」]第三は、例の召使いが宵の中《うち》ずーと玄関口に番をしていましたから、鼠一匹庭の方へはいられる訳がないんです。どうして被害者ははいって来られたでしょう? 第四に、同様の事情の下にですな、どうしてブレインが庭から逃げ出す事が出来たでしょう?」
「そして第五は」とオブリアンは英国の坊さんがそろそろとこちらへ来る姿にジーッと眼をとめて云った。
「第五はつまらない事ではあるが、私には不思議に思われます。私は最初首がどういう風に斬られてるかを検べた時に、犯人は一度ならず斬りつけたらしいのです。ところがよく検べてみると、その断面には幾つもの斬傷のある事がわかりました。これは首が落ちてから斬りつけたものです。ブレインは月明りの中によく敵の姿を見ながら敵の身体を斬り苛《さいな》むほど敵の憎んでおったんでしょうかな?」
「実に凄惨だ!」とオブリアンは身慄いをした。
小男のブラウン坊さんは彼等が話してる間にそこへ来た。そして持前の内気さで話しの終るまでジッと待っていた。それから彼はブッキラ棒に言った。
「これはお邪魔いたしますな。しかし新事件をお話しするために使者に立ちました!」
「新事件?」とシモンはくりかえした、そして眼鏡越しに、傷ましげに彼を見つめた。
「はい、どうも気の毒にな」と師父ブラウンはおだやかに云った。「第二の殺人事件が起ったのですて」
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