「申上げます、ブレイン様は[#「ブレイン様は」は底本では「ブイレン様は」]もうお帰りになりましてございます」
「なに帰ったと!」ヴァランタンはこう叫びながら初めて席を立った。
「行っておしまいになりました。夜逃げをなさいました。蒸発をなさいました」とイワンは滑稽な仏蘭西《フランス》語で答えた。「あの方の帽子も外套もございませんのです。私は何か痕跡がないかと表に走り出てみますと、私は偉いものを見つけましてございます」
「何だというんだ、それは?」
「お目にかけますでございます」と彼の召使はいった、そして切先と刄の部分に血痕のあるピカピカ光る抜身の軍刀を持って来た。一同は雷に打たれたようにそれを瞠《みつ》めた。しかし物馴れたイワンは全く平気で語をついだ。
「私はこれを巴里《パリー》街道を五十|碼《ヤード》ほど行ったところの藪中に放り込んでございましたのを見つけましたんです。つまり、私はあなた様の大切なブレイン様がお逃げになる時におなげになったちょうどその場所でこれを見つけましてございます」
 再び沈黙が起った、しかし今までのとは違ったものであった。ヴァランタンは、抜身を取上げて、検べてみて、冷静に何か思いを凝らす様であった。それから彼はオブリアンの方へ叮嚀に顔を向けた、「司令官、君はこの軍刀が証拠品として必要な場合は、いつたりとも提供して下さることと信じます。それまでは」とガチャガチャなる鞘にこの刀身をおさめながらつけ加えて言った、「とにかく一応お返ししておきましょう」

        二

 夜が明けた。だが、疑問の謎は依然として解けなかった。朝飯がすんでから、司令官のオブリアンが庭の腰掛にシモン博士とならんで腰をかけた時に、鋭い科学的な頭の博士がすぐにまた死体の問題を持ちかけた。しかしオブリアンの方はあまり話に気乗りがしなかった。彼の思いは議論等より嬉しい件でいっぱいであった。朝食前にマーガレットと二人で花壇の間を散歩した時、マーガレットが嬉しい返事をしてくれたのであった。
「いやあまり面白い事件でもありませんからな」と司令官は率直に云った。「ことにもう大体解決はついているのですからな。きっとあのブレインは何かの理由であの被害者を憎んでおったので、この庭へ誘《おび》き出した上、私の剣で殺したんです。そしてあやつはにげる時に剣を藪の中へ放りこんで町の方へ逃げて行った
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