加治木玄白斎にしても、代々の兵道家にしても、長い、大きい、深い、苦痛と、修練をして、その秘術を会得するのであったから、その智慧、知識、人格から見ても、一人の人に私怨をもって、調伏を行うような愚かな人間ではなかった。そんな人間では、修行のしきれる呪術ではなかった。
「薬草取りは?」
 玄白斎が、戻り道の方へ歩きかけたので、和田が、こう声をかけると
「止めた――戻ろう」
 と、玄白斎は答えて、もう、左右の草叢へは、何んの注意もしないで、うつむき勝ちに、足早に歩き出した。和田は玄白斎の心がわからないらしく、忠実に、草の中の薬草の有無を、杖の先で探しながら、黙ってついて行った。
 だんだん木が疎《まばら》になって、木床《きどこ》峠へ出る往来が近くなった。右手の前方に、桜島が、朗らかな初夏の空に、ゆるやかに煙をあげていた。
「仁十」
「はい」
 玄白斎は、こういったまま、また、暫く黙っていた。
「先生――何か?」
「ふむ――事によると、のう」
 何を考えているのか、玄白斎は、なかなか語り出さなかった。
「何か、大事でも――」
「うむ、容易ならぬ企てがあると、わしは思うが」
 と、いって、突然、振
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