いで、新《あたら》し橋《ばし》の方へ進んだ。
 斉彬は、多忙だったので、三田の藩邸にいずに、幸橋御門内の邸――元の華族会館――に起臥していたので、寛之助も、そこにおったのであった。
 大きい門の闇の中に立って、高い窓へ
「夜中、憚《はばか》り様、将曹様へ急用」
 と、益満が叫んだ。
「門鑑《もんかん》」
 益満が、門鑑を突き出して、提灯を、その上へもって行った。窓のところへも、提灯が出て、門鑑を調べた。門番は、門鑑を改めただけで、二人の顔は改めなかった。改めようにも、灯がとどかなかった。二人が、小門に佇《たたず》んでいると、足音と、錠の音とがして、くぐりが開いた。
「御苦労に存じます」
「有難う、ござります」
 二人は、御辞儀をしつづけて、急ぎ足に、曲ってしまった。
 益満は、提灯を吹き消した。そして、木の枝へ引っかけた。二人は、手さぐりに――様子のわかっている邸の内を心に描きながら
(ここを曲って)
(この辺から、植込み)
 と、中居間の方へ近づいて行った。益満は草を踏むと
「這って」
 と、囁いた。庭へ入ってからは、歩くよりも、這った方が、危険が少かった。二人は立木を避け、植込みを
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