の着物だけが少し見えていた。近づくと、虫が、飛び立った。死体は草の間にうつ伏せになって、木《こ》の間《ま》からの陽光《ひかり》が斑に当っていた。
 着物が肩から背へかけて切裂かれて、疵口が、惨《むご》たらしく、赤黒い口を開けていた。肉が、左右へ縮んでしまって、肩の骨が白く見えていた。着物も、頸も、下の草も、赤黒く染まって、疵口には虻《あぶ》が止まって動かなかった。
「犬に、鉄砲は?」
 玄白斎は、髻《もとどり》と、頤とを掴んで、猟師の顔を検《あらた》めてから、立上って、和田にいった。
「径から、ここへ逃げ込んだのだから――」
 和田は、径の方を見て、二三歩行くと
「この辺に――」
 と、呟いて、左右の草叢を、杖で、掻き分けた。
 玄白斎は、杖の先で、着物を押し拡げ、疵口を眺めて、血糊を杖の先につけていた。和田が
「見つかりました」
 と、径に近い草の中から、こっちを見た。
「血が、十分に凝固《かたま》っていぬところを見ると、斬って間も無いが――一刀で、往生しとる。余程の手利きらしい」
 玄白斎は、独り言のように、和田を見ながら呟いて、和田が
「下手人は、未だ遠くへ走っておりますまい、探
前へ 次へ
全1039ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング