前として、自分の面目として、寛之助様が亡くなったとしたなら、母を離別するだろう。医者の手落であっても、御寿命であっても、又、噂の如く調伏であったにしても――そして、離別されて、母は、一体、どうするだろう?――母に何んの罪もないのに、ただ、家中へ自分の申し訳を立てるだけで、妻と別れ、子と引放し、一家中を悲嘆の中へ突き落して――それが、武士の道だろうか)
南玉は、二人の背後から、流行唄の
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君は、高根の白雲か
浮気心の、ちりぢりに
流れ行く手は、北南
昨日は東、今日は西
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と、唄っていた。益満が
「小太」
小太郎が、振向くと、益満は、微笑して
「又とない機が来た」
小太郎は、父母のことで、いっぱいだった。
「関ヶ原以来八十石が、未だ八十石だ。それもよい。我慢のならぬのは、家柄、門閥――薄のろであろうと、頓馬《とんま》であろうと、家柄がよく、門閥でさえあれば、吾々微禄者はその前で、土下座、頓首せにゃあならぬ。郷士の、紙漉《かみすき》武士の、土百姓のと、卑《さげす》まれておるが、器量の点でなら、家中、誰が吾々若者に歯が立つ。わしは、必ずしも
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