なんぞ――うまいことをいやあがる)
と、思った。途端に
「ようよう」
と、南玉が、叫んで、手をたたいた。
「何っ――もう一度、吠えてみろ」
小藤次が、睨んだので、南玉は
「いえ――」
周章てて、益満の方へ、走り寄った。益満は、もう群集の外へ出て、群集に、見送られながら、小太郎と、足早に歩きかけていた。
「あら、何奴《なにやつ》で」
と、職人が、小藤次に聞いた。
「あれが――益満って野郎だ。芋侍の中でも、名代のあばれ者で、二十人力って――」
「若い方も、強そうじゃ、ござんせんか」
「あいつか」
二人が、湯屋の前を通り過ぎようとすると、暖簾《のれん》の中から、鮮かな女が、出て来て
「おや、休さん」
「富士春か」
「寄らんせんか」
富士春は、鬢《びん》を上げて、襟白粉だけであった。小太郎は、ちらっと見たまま、先へ歩いて行った。益満は、小太郎を追いながら
「急用があって」
と、答えた。
「晩方に、是非――」
と、富士春が、低く叫んで、流し目に益満を見た。
小太郎は、自分の歩いていることも、益満のいることも、南玉が、ついて来ることも、忘れていた。
(父は、きっと、家中への手
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