それよりも、今の、寛之助が死んだ、という言葉が、小藤次の心を喜ばした。
(妹が、喜ぶだろう)
 と、思うと同時に、もし、妹の子の久光が島津の当主になったなら、俺は、益満も、この小僧も、ぐうの音も出ないような身分になれるんだ、と考えた。そして、そう考えると、益満が
「下らぬ人足」
 と、いったのも、小太郎の振舞も、大して腹が立たなくなってきた。だが、二人が、群集の中を分けて行こうとするのへ
「何うするんだ」
 と、浴せかけた。益満が、仙波に、何か囁いた。仙波が、庄吉の方を顎で指して、何か云った。
「利武っ」
 と、益満が怒鳴った。
「大工の守《かみ》利武なんぞに懸け合われる筋もないことだ。申し分があれば、月番まで申して出い。掏摸の後押しをしたり、お妾の尻押しをしたり――それとも果し合うならな、束になってかかって参れ、材木を削るよりも、手答えがあるぞ」
 益満の毒舌は、小藤次の啖呵《たんか》よりも、上手であった。小藤次は士言葉で、巧妙な啖呵を切る益満に、驚嘆した。
(おれなんぞ、職人言葉なら、相当、べらべら喋るが、御座り奉る言葉じゃあ、用件も、満足に足せねえのに、掏摸の後押し、妾の尻押し、
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