がら、走って来た息切れと、怒りとで、言葉が出なかった。ただ、心の中では
(何を、吐《ぬ》かしゃあがる)
と、叫んでいた。小藤次にとって、士分になったのは、勿論、得意ではあったが、岡田利武という鹿爪《しかつめ》らしさは、自分でも可笑《おか》しかった。そして、自分では、可笑しかったが、人から
「利武殿」
とか
「小藤次氏」
とか、呼ばれるのには、腹が立った。軽蔑され、冷笑されているように聞えて、上役の人々からそう呼ばれるのはとにかく、軽輩から
「小藤次殿」
などと、呼ばれると
「面白くねえ、岡田と呼んでくんねえ」
と、わざと、職人言葉になった。
若い者が、じりじり得物を持って、威嚇《おど》しにかかるのを、手で止めて
「手前《てめえ》、誰だ」
と、小藤次は、十分の落ちつきを見せていった。
「仙波小太郎」
「役は?」
「無役」
「無役?」
往来の人々が、職人の後方へ、群がってきた。小藤次は、近所の人々の手前、この小生意気な若侍を、何んとか、うまく懲さなくてはならぬように思った。
齢は、小藤次より、二つ三つ下であろうが、身の丈は、三四寸も、高かった。蒼ざめた顔に、笑を浮べて、鯉
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