次が、呟いて、走りかけた。一人が後方から
「刀っ」
 小藤次が、振向いて
「早く、持って来いっ」
 と、手を出した。二人が、泥足のまま、奥へ走り込んだ。若い者は、鋸《のこぎり》、鑿《のみ》、棒を持って、走り出した。近所の若い者が、それについて、同じように走った。
 小藤次は、受取った刀を差しながら、その後方から走り出した。
「喧嘩だ」
「喧嘩だっ」
 叫び声が、往来で、軒下で、家の中でした。犬が吠えて走った。子供が走った。
 庄吉は、手首の痛みに、言葉も、脚も出なかった。立上って、小太郎の後姿を、ぼんやり眺めていると
「庄吉っ」
 若い者が、前後からのぞき込んで
「何うした?」
「掏った」
 低い声で、答えて、懐中から、印籠を出した。小藤次らが、追いついて来て
「庄吉、何うした」
「えれえ事をやりゃあがった。痛えっ」
 庄吉は、左手の印籠を、一人に渡して、左手を添えて、袖口から折れた右手を、そろそろと出した。手首の色が変って、だらりと、手が下っていた。
「折りゃあがったんだ」
「折った?」
 一人が叫んで
「畜生っ」
 その男は、鋸を持って走り出した。
「掏摸が、右手を折られりゃ、河童
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