ってことになるかの」
小藤次が
「庄、どうだ、景気は?」
「へへっ、頭は木櫛《きぐし》ばかり、懐中は、びた銭、御倹約令で、掏摸《すり》は、上ったりでさあ」
「押込なんぞしたら?」
「押込?――押込は、若旦那、泥棒でさあ。品の悪い。掏摸は職人だけど――」
「はははは、そうか――庄吉、いい腕だそうなが、武士のものを掏ったことがあるか」
「御武家衆にゃあ、金目のものが少くってねえ」
「何うだ、一両、はずむが、鮮やかなところを見せてくれんか?」
小藤次が、こういって、往来を見た時、一人の若侍が、本を読みながら、通りすぎようとしていた。
「あいつの印籠は?」
「朝飯前、一両ただ貰いですかな」
庄吉は、微笑して腰を上げた。
出て行こうとする庄吉へ、一人が
「へまやると、これだぞ」
と、首頸《うなじ》を叩いた。庄吉が、振向いて、自分の腕を叩いた。
若い侍は、仙波八郎太の倅、小太郎で、読んでいる書物は、斉彬から借りた、小関三英訳の「那波烈翁《ナポレオン》伝」であった。
父の八郎太が、裁許掛見習として、斉彬の近くへ出るのと、斉彬の若者好きとからで、小太郎は無役の、御目見得以下ではあったが
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