いい女だのう。第一に、鼻筋が蛙みたいに背中から通ってらあ」
「兄貴を、じっと見た眼はどうだ、おめかしをして――」
「おうおう、誰の仮声《こわいろ》だ」
「師匠のよう」
「笑わせやがらあ、そんなのは、糞色《ばばいろ》といってな――」
「鳴く声、鵺《ぬえ》に似たりけりって奴だ」
「俺《おいら》、あの口元が好きだ。きりりと締まってよ」
「その代り、裾の方が開けっ放しだ。しかもよ、御倹約令の出るまでは、お前、内股まで白粉を塗ってさ」
「御倹約令といやあ、今に、清元常磐津習うべからずってことになるてえぜ」
「そうなりゃ、しめたものだぜ。師匠上ったりで、いよいよ裾をひろげらあ」
 と、いった時、泥溝《どぶ》板に音がして、一人の若い衆が、下駄を飛ばした、片足をあげて、ちんちんもがもがしながら、大きい声で
「とっ、とっと――猫、転んで、にゃんと鳴く。師匠が転べば、金になる――」
 板の間で、それを見た一人が
「庄公、来やあがった」
 と、呟いた。庄吉は、入ろうとして、小藤次に気がつくと
「お帰んなさいまし」
 と、丁寧に、上り口へ手をついた。
「上れ」
「今、酒買うところだ」
「丁度、師匠の帰りに、酌
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