ふるえているし、眼は白眼が多くなって、次第に細く閉じられてきた。
「まだ脈はあるが――」
斉彬は、医者の方を見て
「何か手当の法が無いものか」
と、口早に聞いた。
「助かるものなら――」
と、低く、呟いて、七瀬の眼を見た斉彬の睫毛には、涙が溢れるように湧き上って来ていた。
手首に怨む
「噂をすれば、影とやら――」
一人が、こういって、隣りの男の耳を引っ張った。
「何をしやがる」
「通るぜ、師匠が」
お由羅の生家、江戸の三田、四国町、大工藤左衛門の家の表の仕事場であった。広い板畳の上で、五六人の若い男が、無駄話をしていた。
「師匠」
常磐津富士春は、湯道具を抱えて、通りながら、声と一緒に、笑顔を向けて
「おやっ――」
立止まって
「お帰んなさいまし」
と、小藤次に挨拶をした。小藤次とはお由羅の兄で、妹が、斉興の妾となって、久光を生んでから、さらに取立てられて、岡田小藤次利武と、名乗っているのであった。
小藤次は、袴も、脇差も、奥へ捨てたまま、昔のように、大あぐらで
「入《へえ》ったら――」
「おめかしをして」
富士春は、媚をなげて、素足の匂を残して行った。
「
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