、時々、斉彬に、拝謁することができた。
斉彬は、時々、そうした若者を集めては、天下の形勢、万国の事情を説いて、新知識の本を貸し与えた。「那波烈翁伝」は、こうした一冊であった。
近頃、流行《はや》りかけてきた長い目の刀を差して、木綿の紺袴に、絣を着た小太郎を見て、庄吉は
(掏り栄えのしない)
と、思った。庄吉の狙った印籠は、小太郎の腰に、軽く揺れていたが、黒塗で、蒔絵《まきえ》一つさえない安物であった。
(仲間の奴が見たなら、笑うだろう)
と、そうした安物を掏る自分へ、嘲ってみた。
(然し、一両になりゃあ――)
庄吉の冴えた腕は、掏ろうとする品物を生物にした。庄吉が、腕を延すと、その品物の方から、庄吉の掌の中へ、飛び込んで来るのが、常であった。そして、今の仕事は鋭利な鋏《はさみ》を、右手の掌の中へ隠して、紐を指先で切ると同時に、掌へ、印籠を落す、という、掏摸の第一課の仕事であった。
庄吉は、ぐんぐん近づいて行って、鋏を指の間へ入れた。三尺、二尺――近づいて、鋏を動かすと――ほんの紙一重の差であろう、鋏は、空を挟んで――庄吉は
(侮っちゃあいけねえ)
と、感じた。そして、次の
前へ
次へ
全1039ページ中44ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング