う一度、頭の心から冷たくなってしまった。

「頼むえ」
 お由羅が、こういって、一間《ひとま》へ入ってしまうと、手をついていた侍女達が、頭を上げて、二人が、襖のところへ、三人が、廊下の入口へ、ぴたりと坐った。そして、懐剣の紐を解いた。
 お由羅が入ると、青い衣をつけた、三十余りの侍が、部屋の隅から、御辞儀をして
「用意、ととのうております」
 部屋の真中に、六七尺幅の、三角形の護摩壇が設けられてあった。壇上三門と称されている、その隅々に香炉が置かれ、茅草を布いた坐るところの右に、百八本の護摩木――油浸しにした乳木と、段木とが置かれてあった。
 お由羅が、壇の前へ跪《ひざまず》いて、暫く合掌してから、立上ると、その男が、黒い衣を、背後から着せた。お由羅は、壇上へ上って、蹲踞《そんきょ》座と呼ばれている坐り方――左の大指《おやゆび》を、右足の大指の上へ重ねる坐り方をして、炉の中へ、乳木と、段木とを、積み重ねた。そして、左手に金剛杵《こんごうしょ》を持ち、首へ珠数《じゅず》をかけてから、炉の中の灰を、右手の指で、額へ塗りつけた。
 侍は、付木から、護摩木へ、火を移すと、お由羅は、白芥子と塩と
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