太は、鬼でも、化物でも、打った斬りますぞ、若」
 寛之助は、顔を埋めたまま、いやいやをした。
「余程、おびえていなさる」
 と、伝之丞が呟いた。
「方庵、澄姫様の時と、同じであろうが」
「うむ、気から出る熱らしいが――」
 方庵は、寛之助の脈を取って
「宗英も、判らんといいおったが――」
「七瀬――何んぞ、異状無かったか?」
 七瀬は、黙って左源太を見た。異状すぎた異変を見たが、それを見たといっていいか――本当に見たのか、夢を見たのか? それさえ明瞭《はっきり》しないことを、いいもできなかった。
「異状は、ござりませぬが――」
 と、いった時、さっき見た幻の顔が、島津家兵道の秘法を司《つかさど》っている牧仲太郎に似ているように思えた。ただ、牧は、もっと若かった。
(調伏――もしかしたなら)
 七瀬は、こう感じると、冷たい手で、身体を逆撫でされたように、肌を寒くした。
「若、何を御覧なされますな。左源太が、追っ払ってくれましょう。どっちから?――あっちから?」
 と、寛之助の顔をのぞき込むと、左源太の指している方を、ちらっと見て、うなずいた。左源太の指は、屏風の方を指していた。七瀬は、も
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