――」
 七瀬が、その声に、寛之助を眺めて、はっと胸を押されると、部屋は、前のように明るく、その灯の下で、寛之助が、汗をにじませて、恐怖に眼をいっぱいに開いているだけであった。
「和子様っ」
 と、上から、抱くと、寛之助は、身体を、がたがた顫わせて、しっかりと抱きついた。七瀬の頬に触れた寛之助の額は、ただの熱でなく、熱かった。
 長いようでもあったし、短いようでもあった。ほんの瞬間、疲れから、夢を見たような気もしたし、本当に、奇怪な事が起ったようにも思えたし――七瀬には、判断がつかなかった。ただ、鋭い眼だけは、頭の隅に、閃いていた。

 侍女が、つつましく、襖を開けるのさえ、もどかしかった。顔が見えると、すぐ
「方庵を――」
 侍女は、立って入ろうとした。
「方庵を、早く――」
 侍女は、七瀬の声と、顔が、ただでないのを見て、襖を閉め残したまま、小走りに行った。
 寛之助は、熱い額を、頬を、七瀬の肌へ押しつけて、獅噛《しが》みついていた。寝かせようと、下へ置こうとすると、咽喉《のど》の奥から叫んで、置かれまいとした。
「七瀬がおります。七瀬がおります」
 背を軽く叩いて、顫える寛之助を
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