の色を見せて、小さい掌に汗を出していたり
「怖いっ」
 と、泣いて、飛び起きたり――それは、前の二人の時にも医者が
「御弱い上に、熱が高いと、恐い夢をよく見ます」
 と、いったが、斉彬の近侍の二三は
「然し――」
 と、いって、うつむいて、何か考えていた。七瀬は、その人々の言葉を思い出して
「調伏?――」
 と、ちらっと、考えた時、ぴーんと、木の裂ける音が、七瀬の心臓を、どきんとさせた。

 七瀬は、裁許掛見習、仙波八郎太の妻であった。そして斉彬の正室、英姫の侍女でもあった。誠実で、聡明で、沈着であったから、寛之助の病が、悪化してくると共に、その看護を仰せつけられたのであった。
「何うも、可怪《おか》しい、何か、悪い企みがあるのではないか」
 と、いう疑いが、まず、お目付兼物頭、名越左源太から起された。澄姫が、亡くなった時にも、熱がつづいて、医者は、首を振るだけで
「さあ――」
 と、臆病そうな目を上げるだけであったが、今度も、病状が判らなかった。澄姫は、死ぬ少し前から、小さい、痩せた手を、出し抜けに、蒲団の中から出して、誰かに、縋りを求めながら
「怖いっ、怖いっ」
 と、絶叫した。身
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