、いつも感じたことのない凄さと、無気味さとを含んだ、丁度、真暗な、墓穴の中にいるような、凄い静かさであった。七瀬《ななせ》は、肌をぞっとさせ、頭の中へ不吉なことや、恐ろしい空想を、ちらっとさせた。
(何を、怯《おじ》けて――)
と、自分を叱って、すぐ膝の前に、よく眠入《ねい》っている、斉彬の二男、寛之助の眼を、じっと眺めた。
新しい蒲団を三重にして、舶来の緋毛布に包まれて、熱の下らない、艶々と、紅く光る頬をした四歳になる寛之助は、睫毛も動かさないで、眠入っていた。七瀬が耳を寄せると、少し開いた口から、柔かな、穏かな呼吸が聞えた。
(この分なら――)
と、微笑して、身体《からだ》を引くと、また、余りの静かさが、気にかかった。その静かさに、それから、自分の臆病さに、反抗するように、わざと灯の影の暗い天井を仰いだ。暗い、高い天井を、じっと凝視《みつ》めていると、じりっと、下って来るように感じたが、睨むと、何んでもなかったし、屏風の蔭から、誰かが顔を出しそうなので、じっと眺めていたが、何も、出て来なかった。
(なぜ、今夜に限って、こんなことが、気にかかるのか? 大事な役を勤めておりながら
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