たまま、茶店を覗き込んでいた。
「額の禿げ上った、背の高い?――婆さん、あの長い刀の御武家の背が、高かったのう」
「一番えらいらしい――」
婆は、首を振って、仁十郎を、じっと見て
「けれど、四十を越していなさったが――」
玄白斎が
「その外のは、三十前後ではなかったか?」
「はい、お一人だけは、二十八九――」
「それは、少し、太った――」
「はいはい、小肥りの、愛嬌のある――」
玄白斎は
「馬子っ」
と、叫んだ。馬子は
「へっ」
と、返事をして、茶店の中から、周章てて飛び出した。
「それが取計う」
玄白斎は、和田を、顎《あご》でさした。そして、和田へ
「馬子に手当してやれ。わしは、彼奴を追うから、都合して、すぐ、続け」
半分は、馬が、歩み出してからであった。馬子が
「旦那っ」
と、叫んで、馬の口を取ろうとするのを、和田が、引戻した。玄白斎は、手綱を捌いて、馬を走らしかけた。
「いけねえ、旦那っ」
「手当は、取らすと申すに」
和田は、力任せに、馬子の腕を引いた。
人々の立去った足音、最後の衣ずれが、聞えなくなった瞬間――邸が、部屋が、急に、しいーんとした。
それは
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