めて立止まった。仁十郎も、警戒した。現れたのは猟師で、鉄砲を引きずるように持ち、小脇に、重そうな獲物を抱えていた。猟師が二人を見て、ちらっと上げた眼は、赤くて、悲しそうだった。そして、小脇の獣には首が無かった。疵口には、血が赤黒く凝固し、毛も血で固まっていた。猟師は、一寸立止まって、二人に道を譲って、御叩頭《おじぎ》をした。玄白斎は、その首のない獣と、猟師の眼とに、不審を感じて
「それは?」
 と、聞いた。猟師は、伏目で、悲しそうに獣を眺めてから
「わしの犬でがすよ」
「犬が――何んとして、首が無いのか?」
 猟師は、草叢《くさむら》へ鉄砲を下ろして、その側《かたわら》へ首の切取られた犬を置いた。犬は、脚を縮めて、ミイラの如くかたくなってころがった。疵は頸にだけでなく、胸まで切裂かれてあった。
「どこの奴だか、ひどいことをするでねえか、御侍様、昨夜方《ゆうべがた》、そこの岩んとこで、焚火する奴があっての、こいつが見つけて吠えて行ったまま戻って来ねえで――」
 猟師は、うつむいて涙声になった。
「長い間、忠義にしてくれた犬だもんだから、庭へでも埋めてやりてえと、こうして持って戻りますとこ
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