ついる馬が、一疋も見えないので、欅の下蔭は、淋しかった。
(出払いかしら)
 と、思うと、失望と、怒りを感じて
「婆《ばあ》さん」
 と、茶店の奥へ怒鳴った。
「馬は?」
「馬かえ」
 婆《ばば》は、いつも、馬のいるところに、影が無いから、聞かずともわかっていそうなものだ、というような態度で
「居りましねえが」
「馬子は?」
「馬子も、居りましねえ」
 和田は、この婆が、意地悪く、馬を皆、隠したように感じた。
「急用だに――」
「そのうちに、戻りましょう」
 和田は、渇と、疲れに耐えられなくなって、腰をかけた。
「水を一杯」
「水は悪うござるよ。熱い茶の方が――」
「水でよい」
 竈《かまど》のところから、爺《じじ》が、顔を出して
「つい、今し方まで、四五疋遊んでおりましたがのう。御武家が四人、急ぐからと――つい今し方、乗って行かっしゃりましたよ。ほんの一足ちがいで、旦那様」
「何処かに、爺《じい》――野良馬でも、工面つくまいか」
「さあ――婆さん、松のところの馬は、走るかのう」
 和田は
(走らぬ馬があるか、気の長い)
 と、じりじりしてきた。

 人通りの無い、灼熱した街道に、鉄蹄
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