を拭き拭き、小走りに
(馬――馬)
 と、思いながら、馬の動きを、馬の影を求めていた。一刻も早く急ぎたかったし、暑かったし、心臓も、呼吸も、足も
(早く、馬を)
 と、求めていた。土埃《つちぼこり》が、額へまで、こびりついた。
「この辺に馬がないか」
 雑貨を売る店へ怒鳴って立止まった。
「馬?」
 と、店先にいた汚い女が、首を振って
「谷山まで、ござらっしゃらぬと、この辺には、無いですよ」
「済まぬが、水を一杯」
 仁十郎は、肩で呼吸をしながら、ようようこれだけいった。
「水なら――たんと――」
 女は、薄暗い勝手から、桶をさげて来た。和田の前へ置いて、容器を取りに入った。和田は、身体を曲げると手で掬って、つづけざまに飲んだ。女が、茶碗を持って、小走りに来ると
「忝《かたじけ》ない」
 と、投げつけるようにいって、もう、灼《あつ》い陽の下へ出ていた。
 暑い、この頃の陽の下を旅する人は少いから、戻り馬も通らなかった。和田は、俯向いて、口を開きながら、眉を歪めて、苦しそうに、小走りに走りつづけた。谷山の村へ入って、茶店へ来たが、いつも、茶店の脇の、大きい欅《けやき》の木の下に、一二疋ず
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