て、もし、貴島、斎木らが四人ともおらなかったなら、一刻も猶予ならん。すぐに延命の修法《ずほう》だ」
「はい」
「斉彬公の御所業の善悪はとにかく、臣として君を呪殺することは、兵道家として、不逞、不忠の極じゃ。君の悪業を諫めるには、別に道がある。もし、牧が、軍勝の秘呪をもって、君を調伏しておるとすれば、許してはおけぬし、左《さ》はなくとも、秘法を行っている上は、何んのために行っておるか、聞きたださぬと、わしの手落になる」
 和田は、玄白斎の考えていたことが、すっかり判った。そして、判った以上、すぐに、命ぜられた役を、出来るだけ早く果したいと、気が、急《せ》いてきた。それで、大きく、幾度もうなずいて
「それでは、一走りして。谷山には、馬がござりましょうから――」
「わしも急ぐ――」
 和田は、木箱を押えて
「お先きに」
 と、いうと
「箱を――」
 と、玄白斎は、手を出した。
「はっ――恐れ入ります」
 和田は、急いで採取箱を肩から卸して、手渡すと、一礼して走り出した。土煙が、和田と一緒に走り出した。

 芝野の百姓小屋が、点々として見えてきた。和田仁十郎は、肌着をべっとりと背へくっつけ、汗
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