いから、戻ろうよ」
 とか、いいつつ、じっと、鷹狩の方を眺めている子供の側に立っていたが、男の顔を見ると
(見覚えのある――)
 と、思った。そして、男の口から出る煙に包まれている眼を、口を、じっと見つめていたが一
(広岡だ)
 胸が、突かれた。
(久光を狙っているのだ。きっと――)
 小太郎は、編笠をきたまま、畝を越えて、草を踏んで、徐《しず》かに、男の方へ近づいた。男は、ゆっくりと、だが、手際よく、煙管を、腰へ差して、立上った。
「仙波じゃ」
 小太郎は、低くいった。
「そうらしいと思うた。人目に立つ」
 と、広岡は、口早にいって、立木の多い、少し、村の方へ引返した窪地のところへ、歩いて行った。小太郎も、村人を警戒しながら、素知らぬ振りをして、ついて行った。子供も、若者も、ちりぢりになって――若者は、畠へ、子供は、走って、遊んでいた。
「討つ所存か」
 小太郎は、編笠をとった。
「その疵は?」
 広岡は、生々しい、小太郎の頸の疵を見ていった。
「叡山で、牧を襲って」
「そうだってのう。大した働きをしたと、聞いたが――」
 広岡は、こういって、久光の方を、ちらっと、振向いてから
「益満が、引受けんで、わしへ廻って来たが、究竟の機じゃ」
「うむ」
「何うして、貴公は、また」
 広岡は、一人の同志の来たことに、嬉しくもあったが
(もし、小太郎の方が、討ったなら、自分の立場が無くなる)
 とも、考えて、こう聞いた。
「つい、ふらふらと――そこで、見たものじゃから」
「討つか?」
「さあ――」
 久光の一行は、鷹を放ったらしく、小さい、黒点が、一直線に、昇って行った。その昇って行く下のところに、白い点が、急速度に閃いていた。黒点が、昇りつめたらしく、ぴたっと止まると、その瞬間、流星の落ちるように、その白い点の方角へ、落ちかかった。それは、正確そのもののように――そして、白点が、上下に、左右に、あわただしく閃く、と見る瞬間、黒と白とは一つになって、一直線に落下して、忽ち、見えなくなってしまった。

 久光の人数が、原の中を、二人の方へ、動き出すと同時に、二人は、草原を出て、村の方へ歩き出した。村への入口に、汚い、小さい地蔵堂があった。破れた扉に、赤い、白い涎《よだれ》かけが、いくつも縛りつけてあったし、堂の中の石地蔵は頭の上にまで、それを乗せていた。
(討つか――討つまいか)
 小太郎には、未だ、決心が、つかなかった。だが、広岡が
「ここより外にはない。ここなら、警固方から見えぬ。あちらからも、判らぬ」
 二人は、地蔵堂の横に立った。そこは、久光からは、堂の蔭になっていたし、警固の者のいる寺からは、百姓家の蔭に――そうして、堂の前は、雑木の林であった。広岡が
「初太刀は、某に――仕損じても、仕損じんでも」
 小太郎は、頷いた。広岡は、往来を覗いて見て
「もう、出て来る頃じゃに」
 と、呟いた。そして、懐中している脇差の鯉口をゆるめて、目釘へ、唾をつけていた。小太郎は
(この男を、犬死さす訳にも行かぬ――いいや、五人に、二人としても、久光と、鷹匠は物の数ではない。さすれば、三人に二人――十中の九まで、仕損じはない――久光は討てる。易々として討てるなら、討って――この場を逃げて、牧をも討つ――そうだ、何う逃げるかが考えるべきところじゃ。要は、逃路、逃げる方法――)
 小太郎が、じっと、地上を眺めていると
「出た」
 と、広岡がいった。小太郎は、一足引いた。久光の一行が、今、二人の立っている畝道から出て来て、近づいて来るのが、頭の中へ、鮮かに描き出された。
 広岡は、ぴたりと、堂の板へ、右手をつけて、その手に、一尺八寸の大脇差を抜いて、持っていた。小太郎は、片膝を、地につけて、広岡の脚下から、頭を下げて、丁度、堂の縁側の下から、往来へ現れて来る、久光の一行の脚を見るように、構えていた。
「未だか」
 広岡が聞いた。
「うむ」
 二人は、少し、顔色を蒼くしていた。
「見えた――松の前――もう二三間」
 そこまでいって、小太郎は立上った。と同時に、鉄蹄の響き、人の足音がして――その瞬間、広岡は、往来へ閃き出ていた。そして
「御家のためにっ」
 と、叫んだ。
 久光は、馬を乗下げようと、馬上で、身体を反らしていた。一人の鷹匠は、馬にぶっつかりながら、周章てて馬の横へ廻った。一人の近侍は、鞘ぐるみ、刀を抜いて――馬上の久光へ斬りかかろうと、片手上段で、飛びかかった広岡の刀を払った。
 小太郎は、久光の顔に、狼狽と、恐怖との歪みを見た。そして、供の三人が
「曲者っ、曲者っ」
 と、叫んだり、一人の鷹匠が
「大変だっ」
 と、叫びながら、走り出したのを見ると
(斬られるな)
 と、思った。だが、三人の近侍は、馬側へ集まって、一人は、素手で
「広岡っ。た
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