事な
若衆振り
紫手綱に、伊達奴
鳥毛のお槍で
ほーいの、ほい
チャカ、スチャラカ、スッチャンチャン
栗毛の、お馬に、米つんで
さっても、見事な
与作どん
縄の手綱に、半襦袢
小万の手を引き
はーいの、はい
[#ここで字下げ終わり]
 庄吉は、女達を従えて、二階から、下へ降りて来た。勝手元の女中も、店の間の女も、向う側の人々も、その騒がしさと、踊と、唄とに集まって来た。
「余り、奥へいらっしゃらんようにの」
「判ってらあ――へん。奥にゃ、天神、寝てござる。中にも、天神寝てござる。奥の天神のいうことにゃあ――」
 庄吉は、畳廊下を、よろよろしながら、女達と少し離れて、一人奥の方へ、進んで行った。女共は、番頭に止められて、階段の下で一塊になって
「もう、お帰りな」
 と、叫んだ。
「煩いっ、どこまで参る」
 襖が開くと、一人の士が、庄吉を、睨みつけて、怒鳴った。番頭が、すぐ、走って来た。庄吉は、廊下へ手をついて
「命ばかりは――おたおた」
 と、御叩頭してしまった。部屋の中には、まだ数人の侍がいた。番頭が
「さ、あちらで、旦那、もう、一踊、ここは、貸切りでござりますゆえ」
「おた、おた、おた、逢うたその夜は、しっぽりと、のう、番公」
 庄吉は、いきなり、番頭の首をかかえて、頬をなめた。

 調所笑左衛門は、年一度の江戸下りのために、五人の供人を連れて、駿府まで来た。二十何年のあいだ、幾十度《いくじゅうたび》か往来した街道で、すっかり、慣れてはいたが、もう齢が齢とて、或いは、今度の、江戸行が、この街道筋の見納めになるかも知れぬ、と思うていた。
(もし、自分が、急死でもしたなら?」
 調所は、島津家の財源を豊かにした密貿易《みつがい》の責任を、自分一個で負うため、その総ての関係書類を、何時も、手早く、処分はしていた。が、それでも、処分できぬ、最近の分だけは、自分の懐に秘めていた。
(江戸へ着いて、早く、この書類を始末して――)
 と、床の間の、手函の中に仕舞った書類入の方へ眼をやって、湯上りの身体を、横にしていると、酔漢を、たしなめている供人の声がした。
(面白そうに騒いでおるが――わしには、一日も、ああいう日は無かった。斉興公も、近頃は、政務を疎んぜられてきたが、御無理もない。わしも、心《しん》から、疲れたと思う。然し、斉興公が御怠慢なら、わしは、その分も、自分でしなければならぬ――ただ、時世が、違って来たのか? 人間が変ったのか? ここ十年の内に、ひどく仕事がし難うなった。斉彬公のなさることは、半分はわかる。いい仕事にはちがいない。然し、その仕事にかかる金子の作り方を御存じない。いつだか、いい仕事は、金子を産む、と仰しゃったが――それは一理だが――すでに、重豪公がいい仕事をなすって、金子を産まなかった例《ためし》がある)
 調所は、斉彬の、明敏に敬服していたが、一藩の主としては、久光の大過なき点の方がいいと、信じていた。そして、久光擁立に賛成した。
「只今は、何うも、大変、お騒がせ致しまして申訳もござりませぬ」
 宿の番頭が、襖から、謝りに来た。
「よいよい、気に致すな」
「有難う存じまする」
 調所は、番頭が立去ると、いつも思い出すように、二十年前、同じ宿で、呼んでも、女中さえ来なかった貧しい旅を思い出した。
(江戸と、京と、大阪の御金蔵には、百万両ずつの金がある。日本中と戦っても、二三年は支えられる。斉彬公は、近い内、異国とか、或いは、国内でか、一戦あろうと云われたが、三百万両の軍用金を積んであるのは、当家だけだ。その金子は、わしが儲けて、積んだものだ。よいところに使われても、悪いところに使われても、わしの功績は、永久に、島津家に残るであろう。それを積立てる間に、悪口も云われた、斬られようともした。然し――)
 調所は、行燈を消して、仰向きになった。
(こういうことを考えるのは、気の弱ったせいじゃ。早く眠って、早く起きて)
 調所は、肩の辺の夜具を叩いて静かに呼吸を調えた。隣室の供人も、寝入ったらしく、静かであったし、二階も、下も、勝手元も、しんとしてしまった。
(することをした。安心して死ねる。南無阿弥陀仏)
 調所は、心の底から、安心し、喜悦して、眠りについた。それでも、蒲団の中には、たしなみとして、波の平の脇差が、忍ばせてあった。

 寝ずの番が、ぽとぽと、廊下へ草履の音を立てて、廻ってしまった。
 庄吉は、静かに、頭を上げた。床から起き出した。そして、真暗な中で、手を延して、床の間の小さい旅行李を取って、脚絆を当てた。それから、草鞋を履いた。寝間着を脱いで、黒い袷に更えて、十分に帯を締めた。
 それから、行李と、枕とに浴衣を着せて、蒲団の中へ押し込んだ。人が一人寝ているくらいのかさになった。
 襖の、敷居へ、枕許の水差
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