代々《よよ》、扶持せられて安穏に送るほか、何一つとして、功を立てたことはござりませぬ」
 牧は、澄んだ、然し、強い口調で、熱をこめて語り出した。

 番所の役人らしいのが、大股に降りて来た。用人に、何かいった。用人が、上り口へ来て
「牧氏、まだか」
 牧は、振向きもしなかった。
「又、御先代よりの洋物流行《ようぶつばやり》、新学、実学が奨励されて以来、呪法の如きは、あるまじき妖術、御山行者の真似事、口寄巫女《くちよせみこ》に毛の生えたものと――就中《なかんずく》、斉彬公、並にその下々の人々の如きは――」
「じゃによって、呪法の力を人々に、示そうと申すのか」
「よい時期と、心得まする。御家長久のために、兵道のために、又、老師の御所信に反きまするが、当兵道は、島津家独特の秘法として、門外不出なればこそ重んぜられまするゆえ、御当家二分して相争う折は、正について不正を懲らし、その機に呪法の偉力を示して、人々の悪口雑言を醒すのも、兵道のために――」
「黙れ」
 和田と、高木とが、一膝すすめた。飽津がまた
「こみ入った話ならば、後日になされとうござるが」
 牧は答えなかった。玄白斎も対手にならなかった。
「当兵道への悪口雑言などと、それ程の、他人の批判で、心の動くような――牧、浅はかではないか? 上《かみ》より軽んぜられ、下《しも》より蔑《さげす》まれても、黙々として内に秘め、ただ一期の大事に当って、はじめて、これを発するこそ、大丈夫の覚悟と申すものじゃ。三年名を現さずんば忘れ去るのが人の常じゃ。二百五十年、修法の機がなければ、雑言、悪口、当り前じゃ。先師達は、それを、黙々として、石の如く、愚の如く、堪えて来られた。わしも、秘呪を会得してこの齢になるが、一度の修法を行う機も無い。然し己を信じ、法を信じて来た――」
「先生――先師十六代の二百五十年間よりも、この十年間の方が、世の中も、人心も、激変致しました」
「万象変化しても、秘法は不変じゃ」
「人の無いところ、法はござりませぬ。秘呪の極は、人と法と、融合して無礙《むげ》の境に入る時に、その神力を発しますが、その人心が――」
「ちがってしまったか?」
「自ら独り高うする態度と、兵道を新しくし、拡張し、盛大にせんとする心と――」
「わしは、それを愚かしいと思うが――」
 牧は、御家のため、師のため、己のため、兵道のために、命を削っ
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