うに上り口へ、走り上って
「姉様、上々」
 綱手が、微笑んで、廊下を先へ立った。
「お父様は、お臥《やす》みだけれども、お母さんは、未だ」
 深雪が、小太郎の後方から、口早に囁いた。薄く灯のさしている障子のところで、綱手は手燭を吹き消して
「お母様、お兄様が、上々の首尾で、ござりますって」
 いい終らぬうちに、小太郎が、部屋の中へ入った。七瀬は、小太郎の膝を見て
「ひどい泥が――」
 と、眉をひそめた。二人の妹が
「ああ、あっ、袖も――ここも――」
 深雪が立って、何か取りに行った。
「その箱は?」
 七瀬が、眼を向けた。
「若君の御病間の床下にござりました。調伏の証拠品」
 両手で、母の前へ置いた。
「お父様に、申し上げて来や」
 綱手は、裾を踏んでよろめきながら、次の部屋の襖を開けた。

 八郎太は、むずかしい顔をしながら、じっと、箱を眺めていた。
「小柄」
 七瀬が、刀懸から刀を取って、小柄を抜いた。八郎太は、箱の隙目へ小柄を挿し込んで、静かに力を入れた。四人は呼吸をつめて、じっと眺めた。ぎいっと、箱が軋《きし》ると、胸がどきんとした。
(調伏の人形でなかったら?――)
 小太郎は、腋《わき》の下に、汗が出てきた。顔が、逆上《のぼ》せて来るようであった。釘づけの蓋が、少し開くと、八郎太は、小柄を逆にして、力を込めた。ぐぎっ、と音立てて、半分余り口が開いた。
 白布に包まれた物が出て来た。八郎太は、静かに布をとった。五寸余りの素焼の泥人形――鼻の形、脣の形、それから、白い、大きい眼が、薄気味悪く剥き出していて、頭髪さえ描いてない、素地《そじ》そのままの、泥人形であった。
 人形の額に、梵字が書いてあって、胸と、腹と、脚と、手とに、朱で点を打ってあった。背の方を返すと、八郎太が
「ふむ――成る程」
 と、うなずいて
「相違ない」
 四人が、のぞき込むと、一行に、島津寛之助、行年四歳と書かれてあって、その周囲に、細かい梵字がすっかり寛之助を取巻いていた。
 人形は、白い――というよりも、灰色がかった肌をして、眼を大きく、白く剥いて、丁度、寛之助の死体のように、かたく、大の字形をしていた。七瀬は、それを見ると、胸いっぱいになってきた。小太郎は、八郎太が、一言も、自分の手柄を称めぬので、物足りなかった。
「父上、如何で、ござりましょう」
 八郎太は、小太郎の眼を、じっと
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