で、庄吉をつれて行け、と指図した。
「庄公、落ちついて――取乱しちゃ――」
「取乱す?――べらぼうめ――放せったら、こいつ、放さねえか」
庄吉は、肩を烈しく揺すって、一人を蹴った。
「とにかく、ここで、話はできねえ、俺んとこまで、一緒に来てくれ」
小藤次が、こういった時、群集の後方から、大きい声で
「仙波っ、何をしている。寛之助様、お亡くなりになったぞ」
と、口早に叫んだものがあった。
小太郎も、小藤次も、その声の方へ、眼をやった。群集の肩を、押|除《の》けているのは、益満であった。
小太郎は、益満の顔を、じっと見ながら、庄吉を無理矢理に押して行く職人の、後方を、益満へ足早に近づいて
「何時?」
と、叫んだ。それが、事実であったなら、父母は、離別しなければならないのであった。
「今し方」
「誰から聞いたか?」
二人は、群集の、二人を見る顔の真中で、じっと、お互に、胸の中の判る眼を、見合せた。
「名越殿から――すぐ戻れっ。下らぬ人足を対手にしておる時でない」
益満は、小藤次の顔を睨みつけた。小藤次は、乱暴者としての益満と、才人としての益満とを、見もしたし、聞いてもいた。それよりも、今の、寛之助が死んだ、という言葉が、小藤次の心を喜ばした。
(妹が、喜ぶだろう)
と、思うと同時に、もし、妹の子の久光が島津の当主になったなら、俺は、益満も、この小僧も、ぐうの音も出ないような身分になれるんだ、と考えた。そして、そう考えると、益満が
「下らぬ人足」
と、いったのも、小太郎の振舞も、大して腹が立たなくなってきた。だが、二人が、群集の中を分けて行こうとするのへ
「何うするんだ」
と、浴せかけた。益満が、仙波に、何か囁いた。仙波が、庄吉の方を顎で指して、何か云った。
「利武っ」
と、益満が怒鳴った。
「大工の守《かみ》利武なんぞに懸け合われる筋もないことだ。申し分があれば、月番まで申して出い。掏摸の後押しをしたり、お妾の尻押しをしたり――それとも果し合うならな、束になってかかって参れ、材木を削るよりも、手答えがあるぞ」
益満の毒舌は、小藤次の啖呵《たんか》よりも、上手であった。小藤次は士言葉で、巧妙な啖呵を切る益満に、驚嘆した。
(おれなんぞ、職人言葉なら、相当、べらべら喋るが、御座り奉る言葉じゃあ、用件も、満足に足せねえのに、掏摸の後押し、妾の尻押し、
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