何うかして、探し出そうとするように、眉をひそめて、首を延して見た。そして
[#天から3字下げ]忍ぶ恋路の――
 と、小声で唄うと
「何故、行かぬ」
 すぐ、側に、黒い影が立っていた。
(執拗《しつこ》い野郎だな、こん畜生あ)
 小藤次は、腹が立った。
「御苦労様」
 云い終らぬうちに、肩を、どんと突かれてよろめいた。
「何、何するんでえ」
 とんとんと、深雪が、廊下の板を叩いた音が、又聞えた。
「奥の風儀を乱して――貴公は、誰の兄に当る? 取締るべき上の者が、何んの体じゃ」
「媾曳《あいびき》じゃあねえや」
「では、何用じゃ」
「聞いてみな」
「何? 誰に?」
[#ここから3字下げ]
聞いてみたかや、あの声を
のぞいてみたかや、編笠を――
[#ここで字下げ終わり]
 と、云った刹那、くるりと、小藤次の身体が廻転すると、後方から帯を掴まれた。そして、一押し、押されると、前へのめるように、足が、もつれて、動き出した。
「ちょっ、一人で歩くよ。放してくれ、危いったら――」
 と、云った時、
「深雪」
 と、いう声がした。老女、梅野の声であった。
(いけねえ、とんでもねえ奴に、見つかっちまった)
 小藤次は、深雪の処置を心配するよりも、一度の睦言《むつごと》も交えずに、別れなくてはならなくなった自分の恋に、悲しい失望と、怒りとが起って来た。
「一寸、放してくれ」
 侍は、黙って、ぐんぐん小藤次を押し立てた。小藤次は、つるし亀のように、手を振って、小走りに走らされながら
「一寸――頼む――後生だから――」
 小藤次は、突き当りそうに近づく立木に、首をすくめたり、顔へ当りそうになる木の枝を、手で押しのけたり、庭の下草を踏んづけたり、石と石との間へ、躓いたりしながら、強い力に押されて、人形のように、もがきながら、半分、走らされていた。
「危いったら」
 小藤次は、木の枝へ髷を引っかけて、怒り声を出した。侍は、片手で、枝を折った。小枝が、小藤次の髷へぶら下った。小藤次は、それを取ろうと、両手を頭へやりながら
「ねえ、後生だから――」
 と、いった時、柴折戸の辺へ来たらしく、ほのかに、明りが射してきた。
(誰奴だろう)
 と、振向くと、それは、牧仲太郎警固のために、国許からついて来た侍の中の一人、山内という剣道の名手であった。
(強い筈だ)
 と、思った。そして
(木の枝を、頭へぶら
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