返事をしなかった。
「まだあるんだ。大阪の蔵屋敷へ行った奥方と、そら、深雪さんの姉さん、何んとかいった――そら、何手、そら、何んとかの手」
「手は赤丹のつかみと来たが――」
と、南玉は、顔をあげて
「本当だの、その話は」
「俺の※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]をつかんことは――」
「わかった」
「それから、益満さんが、調所って野郎の後を追って、江戸へ下って来なさるそうだ――」
「今の、七瀬と、綱手は、そして、何うしたんだい」
「それは、蔵屋敷にいるんだ」
「調所は、江戸下りか」
「うむ。それで、益満さんは、この調所を途中で討つつもりらしいんだ」
「そうだろう」
庄吉は、強く、低く
「隠さずに、師匠、打明けてくれねえか。俺の気性は、町内でお前が一番よく知っていてくれる筈だ。ええ――仙波さんも、益満さんも、お由羅の一味を討ちてえんだろう。どうだ――師匠」
南玉は、じっと、庄吉の顔を見て、黙っていた。
「俺、いわねえったら、首がちぎれても喋らねえよ。お前さん、深雪さんを、一物あって、奉公させたんだろう。仙波の娘を、お由羅邸へ。あの、小藤次の手に任して――え、師匠、だから、俺あ、その深雪さんに、そんなあぶないことをしずに、一手柄立てさせて上げてえんだ――わかるかい、師匠」
「俺あ、ちいっとばかし、水臭いと思うよ。巾着切の仲間にゃあ、こんな、匿《かく》し立てはねえ。返事がなけりゃ、無いでも、いいんだ。俺あ、こうと思ったことを、やってみるまでだ。お前が、よく、寄席でいうのう、虎と見て、石に矢の立つためしあり――人間の一心って通じるもんだよ――又、来らあ、あばよ」
庄吉が、立上った。
「そうかい」
南玉は、そう口先きで、いっただけであった。
(斬死した? 庄吉のいうのは、本当らしい。だが、庄吉に打明けて、いいか、悪いか。益満から固く口止めされているのに――)
と、南玉が、乱れかかる心を、じっと、両腕で押えた時
「こんちは」
富士春の声であった。
「いらっしゃる?」
庄吉は、真暗な上り口で
「お春か」
と、いった。
「そうだろうと思ったよ」
怒りと、恨みとを含んだ、静かな――だが、気味悪い声であった。
「お師匠さんかい。今、灯をつけるよ。庄さんと、話に夢中になって――」
と、いいながら、南玉は燧石を叩いて、附木を燃した。一家中が、仄《ほの》
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