は、煙管を延して、小藤次の言葉を止めた。南玉は、平然として
「これに控えおります拙《せつ》の姪儀、いやはや奇妙不可思議の御縁により、計らずも、今般、岡田小藤次利武殿の御見出しにあずかり奉り――」
「南玉――いや、良庵さん、もう、よく娘のことは話してあるから――」
「ところでげす」
「判ってるったら――」
 深雪が、南玉の袖を引いた。南玉は、小藤次も、深雪も、気にかけずに
「この岡田様が、この姪の、お綺麗なところに、ぞっこん惚れ奉って、えへへ――まずこういう工合でござります、下世話に申します、首ったけ」
 扇を、顎の下へ当てて、頸を延した。小藤次が
「南玉っ」
 と、叫んだ。侍女の二三人が、笑声を立てた。
「それで」
 と、お由羅が笑いながらいった。
「ええ、御有難い仕合せで」
 南玉は、一つ御叩頭をして、扇で膝を、ぽんと叩いた。
「愚《ぐ》按《あん》ずるに諺に曰く、遠くて近きは男女の仲、近くて遠いは、嫁舅《よめしゅうと》の仲、遠くて遠いが唐、天竺、近うて近いが、目、鼻、口」
 南玉が真面目な顔をして、大声に、妙なことをいい出したので、部屋の中は、忍び笑いでいっぱいになった。二三人の侍女は、脇腹を押えて苦しがった。
「南玉っ、ここを何処だと思ってやがるんだ。いい気になって――」
 と、小藤次が、赤くなると、お由羅が
「藤次っ」
 と、叱った。
「だって――」
「いいではないか。綺麗なら、惚れるのが当前でないか」
「いよう、出来ました。東西東西、ここもと大出来」
 南玉が、扇を拡げて、右手で差上げた。
「然しでげす。そこに、道有り、作法有り、不義は御家の法度《はっと》とやら、万一そういうことがしったい致しました時には、憚りながら、ぽんぽんながら、この良庵が捨ておきませぬ。のんのんずいずい乗込んで、日頃鍛えし匙加減、一服盛るに手間、暇取らぬ。和漢蘭法、三徳具備、高徳無双の拙《せつ》がついていやすから、そういう過ちの無いように、隅から、隅まで、ずいとおたのみ申し上げ奉ります」
 南玉は、真面目な顔をして平伏した。
「ようわかった。御苦労であったのう」
 お由羅が、こういうと、侍女の一人が、立上って、南玉の側へ来て
「御案内仕ります」
「いや、大きに――それでは、深雪」
 二人は、二人だけがわかる眼配せをした。南玉は、立上った。そして
「へっ、へっへ。猫、鳶に、河童の屁でげす
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