仕ります」
と、若い侍女が出て来て、声をかけた。小藤次が、頷いた。侍女が、広書院の廊下の方へ行くので、深雪は
(晴れがましい)
と、気怯《きおく》れしたが、侍女は、その手前の、右手の小さい部屋へ入って、襖を開けて
「こちらにて、お控え下さいませ」
と、お叩頭した。襖を閉めると、真暗になりそうな、六畳程の部屋であった。
「お控え下さいやし、ってのは、遊人の仁義だが、御屋敷でも用いるかな。恐ろしく、陰気な部屋で、お由羅屋敷開かずの部屋って、昔、ここで、首吊が――」
「南玉っ」
「てな、話がありそうな」
「喋ってはいけねえ。困った爺だな。すぐ、次が、お部屋だよ」
小藤次が顔をしかめた時、衣擦れの音が近づいて、ちがった方の襖が開いた。一部屋隔てて、女の七八人坐っているのが見えた。
「にょご、にょご、にょごの、女護ヶ島」
襖を開けた侍女は、開けると一緒に、南玉が、妙なことを云ったので、俯向いて、肩で笑った。そして、赤い顔をして、小さく
「こちらまで――」
小藤次が、立って、お由羅の居間の次の間へ入って、襖際へ坐った。深雪は、小腰をかがめて、敷居際へ、平伏した。南玉も、その横へ、同じように平伏した。侍女が、小藤次に
「お近くへ」
と、云うと、小藤次が
「では、御免を蒙って――」
兄妹であったが、主と、家来とでもあった。小藤次は、お由羅の下座一間程のところへ坐って
「この間の――」
「よい娘じゃのう、あれは?」
と、お由羅は、南玉を見た。
「身許引受の、医者でね」
「お医師?」
お由羅と、侍女とが、南玉の方を見ると同時に、南玉は、頭を上げた。そして
「ええ、お有難い仕合せで――」
と、平伏した。二三人の侍女が、くっくっと笑った。
「南玉」
と、小藤次が、睨んだ。
「結構な御住居で、又、今日は、大層もない、よいお日和でござりまする」
南玉は、こう云って、又、頭を下げた。女達は、口へ袖を当てた。お由羅も、笑っていた。
「南玉――退ってよい。誰方か、玄関まで案内してやってくれぬか」
小藤次が、こういった時、南玉は、頭を上げて一膝すすめた。そして、扇を斜に膝の上へ立てて
「さて――つらつらと、思い考えて見まするに――」
侍女達が、袖を、口へ当てて、苦しそうに、俯向いてしまった。
「春枝、案内を」
小藤次が、怒った眼をして、近くの侍女へ、こういうと、お由羅
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