じりじり二人を包囲しかけた。そして、口々に何か叫んでいた。二人の侍が、顔を、胸を現してきた。一人は、刀を杖にして、跛を引いていた。一人は、その右手に、その老人を庇うように、少しの隙もなく、何か、時々、浪人共にいいながら、少しずつ登って来た。山内が
「問答無益っ、斬れっ」
と、叫んだ。浪人の大半が、刀を抜いた。一人が、槍を構えた。二人は、歩みを止めて、ぴたりと背中合せになった。
仙波八郎太の顔は、死の幽鬼だった。灰色の中に、狂人のような眼だけが、光っていた。顫える手で、刀を構えて、怨みと、呪いとの微笑を脣に浮べて
「奴等、邪魔立てするか」
その声にも、顫えが含まれていた。
「牧っ」
しゃがれた声で、絶叫した。そして、咳をして、唾を吐いた。
「卑怯者めっ。一騎討じゃ――牧っ、仙波八郎太が、一期《いちご》の働きを見せてくれる。参れ、牧。参れ。参らぬかっ」
遥かのところに立っている牧へ叫んだ。牧は、眼を閉じたままであった。
「吼えるな、爺」
山内が、叫んで
「一人に三人ずつ、六人してかかれ。大勢かかっては、同志討になる。働きに、自由が利かぬ」
浪人が、お互に、左右を振向いた。そして
「退け」
「尊公が――」
と、一人が云って、油断を見せた一刹那――小太郎は、影の閃く如く、一間余り、身体を、閃かすと、ぱっと、音立てた血煙――ばさっと、鈍く、だが、無気味な音がした。その浪人がよろめいて、倒れた。
「やられた、やられた、やられた」
と、いう人々の叫びと
「うっ」
と、咽喉のつまったような呻きとが、同時に起って、浪人の列が、二三間も、だ、だっと、躓《つまず》くように、突きのけられたように崩れた。退いた。そして、二人の浪人が、草原の中に取残された。一人は、脚を引摺って、這いながら、一人は、刀を持ったまま、両腕で頭を抱えて――然し、すぐ坐ったように倒れて、丸く、膝の上へ頭を乗せてしまった。
「不覚者」
山内の顔が、さっと、真赤になった。小太郎は、父の背に己の背をつけて、正眼に構えていた。
「あ、味な真似を――」
一人が、三尺余りの強刀を、八相に構えて、八郎太の正面から、迫った。それと、同時に、七八人の口から、懸声が一斉に起って、又二人に近づいて来た。八郎太が
「小太郎、犬死せまいぞ。この人数では敵わぬ。わしは死ぬ。お前は、早く逃げい」
と、耳のところで囁いた
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