開けて、丸薬を出して
「気付」
と、父の掌へあけて置いて、足の疵所へ、脂薬を布と共に当てて繃帯した。八郎太は、腰の竹筒から、水を飲んで、小太郎が、手当を終って脚から手を放すと
「水盃」
と、云って、蒼白めた顔に、微笑して、竹筒を差出した。小太郎は、父の顔を見た。
「いろいろと、苦労させた――わしの子にしては出来すぎ者じゃ。斉彬公が、いつも仰せられた、身の代になったなら取立ててやるぞ、と――今まで、わしは、何一つ、お前に、やさしい言葉もかけなんだが、心の内では――心の内では――」
八郎太の声が湿ってきた。小太郎は父を見つめている内に、不意に、胸の奥から押上げてくる熱い涙を感じた。
「――喜んでいたぞ。この疵を受けた上は、牧を斬ること思いもよらぬ」
「父上、六人斬りました。残りは二人か、三人」
「さ、それは判っておるが、脚の自由が利かんでは覚束ない。お前が、二人前働いてくれ。わしは、それを見届けて、腹をしよう」
「父上、手前一人で参りましょう。ここに、暫くお待ち下されますよう」
「小太、わしを武士らしく死なさぬと申すのか。昨日も、今日も、犬死するな、と、あれまでに申したのが、判らぬか、わしを犬死させるのか」
「胆《きも》に銘じておりますが、父上が、此処で、切腹なされても、矢張り犬死では――」
「思慮の無いことを申すな。これだけの人数を斬って、誰が、その下手人になる? お前と、わしと二人が、下手人になって、斬罪に処せられて何んになる。わしが、ここで、腹を切って、下手人となれば、お前は助かる――母もある。妹も多い。又、お前は、わしの志を継いで、御家を安泰にし、又、仙波の家も継いで行かねばならぬ」
八郎太は、こう云って、刀を杖に、立上りかけてよろめいた。小太郎が、支えて、同じように立った。
「それ程の理《ことわり》を弁《わきま》えぬ齢でもあるまい」
小太郎は、父の慈愛と、父の武士気質と、父の意気とに、顫えていた。
「水盃が厭なら、血を啜《すす》るか」
八郎太は、左腕を捲った。其処にも、疵が、口を開けていた。
「救からぬ命じゃ。牧の前にて、正義の徒の死様を見せてくれよう。小太、肩を貸せ。これでも未だ、へろへろ浪人の一人、二人を対手にしておくれはとらぬ」
八郎太は、血に曇った刀を右手に提げて、小太郎の肩へよりかかった。
「歩け。何を泣く」
「はい」
「山の上へ気をつ
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