た。
「やあ」
「おおっ」
八郎太の方に、誘いの懸声が起った。それに引込まれたように
「やあ」
と、上段に構えて、じりっと、進んだ時、小太郎は圧されたように一足引いた。上段の刀尖が、手が、ぴくぴく動くと、次の瞬間
「ええいっ」
見事、小太郎の誘いに乗って、大きく一足踏み出すと、きらっと、白く円弧を描いて、打ち込む――その光った弧線が、半分閃くか、閃かぬかに
「とうっ」
肚の中まで、突き刺すような、鋭い気合、閃く水の影の如く、一条の白光、下から宙へ閃くと――刀と、片手が、血潮の飛沫と共に、宙に躍った。
「ええっ」
その刹那、天童の手から、迸《ほとばし》り出た刃光一閃、小太郎の脇へ、入るか、入らぬか、八郎太が
「危いっ」
と、絶叫した時、天童は、たたっ、とよろめくと、刀を杖にして踏み止まったし、小太郎は、熊笹の中へ転がって、天童の胸へ刀をつけていた。
小太郎は、鹿が跳躍するように、跳ね起きた。そして、刀を構えて
「如何っ」
と、叫んだ。天童は、右手に突いた刀へかけている手を、刀ぐるみぶるぶる震わせていたが
「無念」
呟くように言葉を抛《な》げつけて、小太郎を睨むと――膝をついてしまった。そして、左手を、土の上へついて、大きい息を、肩でしながら
「今――今、一合せ」
そういって、刀を地へ置いて、用意していた血止め、繃帯を、懐から取出した。そして、静かに、顫える手で、膝を探って行くと、べとべととした血潮、開いた創口《きずぐち》――眼を閉じて、指を――全身へ響く痛みを耐えて、創口へ入れて行くと、骨へ触れた。尖った骨であった。
(骨を断たれた)
天童は、その瞬間、蒼白になって俯向いてしまった。暖かい血が、指の周囲から、外へ流れ出るのを感じた。眼暈《めまい》がして来た。小太郎への無念さが、身体中いっぱいになって来た。天童は、手早く、太腿を縛った。そして、小太郎の立っているところを見ると、小太郎は、もう其処にはいなかった。
「ああ」
断末魔の叫びが聞えた。天童が、その方へ眼をやると、小半町も逃げのびた浪人の一人が、崖のところへ、小太郎に追いつめられて、右手で刀を突き出したまま、左手で、顔を覆って、斬られるがままに斬られていた。
「卑怯者」
と、いう小太郎の微かな叫び声が、聞えてきた。
「ああっ――あーっ」
首をちぢめて、手を顔へ当てて、崖に凭れたまま無
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