斉興公と、わしとが、何んなに苦しんで、金をこしらえたか? この金を、何時、何に、使うか、この辺が、よくお判りなく、舶来品をこちらで作ろうとなさっている。至極よいことだが、物には順序があってのう。それに、久光を、おだてては、いろいろのことをなさるのも、よろしくない。何うも、重豪公の血をお受けなされて、放縦じゃで、何んとかせにゃならん――それで、牧、今申したのう、これが、別れと――術を競べて――」
「いいや、秘術競べのみでなく、或いは反対党の刺客の手にかかるやも計られませぬ」
「人数を添えてつかわそう」
「有難う存じます」
「倅に逢うたか」
「未だ、只今、着きましたばかり――」
「よい若者になったぞ」
 調所は、鈴の紐を引いた。遠いところで、からからと、鈴が鳴った。
「船で参れ。陸《おか》は人目に立つ」
「はい」

 牧の倅の伴作は、調所の許へあずけられ、百城《ももき》月丸と改めていた。主を、主の筋に当る人を呪っている牧の倅として、万一の時に、調所の手で適当な処置を取って貰おうとする、仲太郎の親心からであった。
「ひどく、おやつれになりましたが――」
 月丸は、不安そうな口吻《くちぶり》で聞いた。
「痩せた」
 牧は、壮健に――暫く、見ないうちに、大人らしい影の加わって来た倅を見て、調所へ
「御世話を焼かせましょうな」
 と、微笑した。
「何、捨てておいても、大きくなる。犬ころじゃ、この時分は。あはははは――嫁を、貰うてやろうかと、考えておるがのう。存じておろう、浜村孫兵衛」
「当家のためには、恩人でござりますな。只今、何うなりました?」
「泉州、堺におって、内々、わしが見ておるが、この浜村に、よい娘がある。町人だが、これからは、牧、月丸――町人とて侮れんぞ。こう金が物をいうては、追っつけ、町人の世の中になろうも知れん」
「そうなろうと、なるまいと、刀を棄てることは、至極よろしいと存じます。この縁組、よろしく御取計らい下さいますよう」
 月丸は、黙って、俯向いていた。
「そうか。すぐ承諾してくれて何より――」
「月丸――国許を立つ時に申した、軍勝秘呪は、わし一代かぎりじゃと――」
「はい」
「呪法の功徳を示して、わしは、玄白斎殿も、明日か、一月後か、一年後か、とにかく、遠からぬうちに、死ぬであろう。一人の命を呪うて、己の命を三年縮めるが、もし、玄白斎殿と呪法競べになれば
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