ゃ、用の無え、よいよい野郎だ」
「二人の野郎あ、水の中で、刀をさし上げて、おかか、これ見や、さんまがとれた、って形だ。やあーい、さんま侍」
 八郎太と、小太郎とは、微笑しながら、川を眺めていると
「おおっ、加勢だっ」
「八人立で、こいつあ、早えや」
「棒を持っているぜ」
「馬鹿野郎、ありゃあ槍だ」
「こん畜生め、穂先の無え槍があるかい。第一、太すぎらあ」
「川ん中で、芋を洗うのじゃああるめえし、棒を持ってどうするんだ」
 小太郎が
「父上、あれは、休之助ではござりませぬか」
「ちがいない」
「一人で――」
 と、いった時、八人仕立の輦台は、川水を突っ切って、白い飛沫を、乳の上まで立てながら、ぐんぐん走っていた。
「小手をかざして見てあれば、ああら、怪しやな、敵か、味方か、別嬪か、じゃじゃん、ぼーん」
「人様が、お笑いになるぜ」
「味方の如く、火方《ひかた》の如く、これぞ、真田の計、どどん、どーん」
「丸で、南玉の講釈だの」
「あの爺よりうめえやっ、やや、棒槍をとり直したぜ」
「やった」
 益満の輦台が、追手へ近づくと、長い棒が一閃した。一人が、足を払われて、見えなくなった。何か、叫んでいるらしく、一人を水へ陥れたまま、益満の輦台は、追手の中を、中断して、池上の方へ近づいた。もう、金谷の磧へ、僅かしかなかった。水の中で閃く刀、それを払った棒。追手を、抜いて、二人と一つになると、すぐ、益満の輦台だけが川中に止まって、二人は、どんどん磧の方へ、上って行った。追手の五人は、益満一人に、拒まれて、何か争っているらしく、動かなかった。
 二人の人足が、益満のために、川へ陥った一人を探すため、川下へ急いでいた。時々、頭が、水から出ようとしては没し、没しては出て、川下へ流されていた。
 池上と、兵頭とは、磧へ上ってしまった。磧の群集が二つに分れた。役人らしいのが、二人に何か聞いて、二人を囲んで、だらだら道を登って行った。
 益満は、一つの輦台が、右手へ抜けようとするのを、棒を延して押えているらしく、その輦台が止まった。
「益満め、舌の先と、早業とで、上手に押えたと見えるな」
 と、八郎太が微笑した。そして
「この騒ぎにまぎれて渡ろう。何ういう不慮の事が起きんでもなし、水嵩も増すようであるし――」
 小太郎は、川会所へ行った。川札は
[#天から3字下げ]乳下水、百十二文
 と、代って
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