は、確かに、首を包んだ包と覚しいものが、縛りつけてあった。七瀬は、駕を出て
「卒爾ながら――」
一木は、七瀬を、睨んで立止まった。
「仙波八郎太に、お逢いではござりませんでしたか」
「仙波?」
一木は、右手の槍を、突き立て
「仙波とは――ちがう。仙波へは、別人が参って――」
「別人とは?」
「別の討手――気の毒であるが、御家のためには詮もない」
「そ、その討手は、貴下様より、先か、後か?」
綱手は蒼白になって、七瀬の横に立っていた。駕屋は、眼を据えて、一木の顔を見ていた。
「前後?」
一木は、脣で笑って
「敵の女房に、左様のことがいえようか。聞くまでもない。無益なことを――」
口早に、いうと、ずんずん降って行った。二人は、暫く眼を見合せていたが
「急いで――急いで」
と、憑かれたようにいいながら、駕の中へ入りかけた。
「合点だっ」
駕屋は、肩を入れると
「馬鹿っ侍、威張りやあがって」
と、呟いて、足を早めた。
「びっくりしたのう、おいら」
「何をっ。吃驚《びっくり》って、あんなものじゃねえや」
「何?」
「手前のは、ひっくり、てんだ。下へ、けえるがつかあ」
「おうおうおう、涎を滴《た》らして木へしがみついて居たのは誰だい」
「それも、手前だろう」
旅人達は、一団になって、高声に話しながら降りて来た。そして、七瀬と、綱手の駕を見ると、一斉に黙って、二人を、じっと見た。七瀬が
「お尋ね申します」
と、一人へ声をかけて
「只今のお話、もしか、斬られた人の名を御存じでは――ござりませぬか」
旅人は、立止まって、二人を眺めていると、駕屋が
「斬られた人の名前を、知ってなさる人は居ねえかの」
「のう、名は判らんのう」
「名は判んねえが、齢頃は、三十七八だったかの、あの首を取られた人は」
「三十七八? 何をこきゃあがる。二十七八だい」
「こいつ、嘘を吐け。昔っから、生顔と、死顔とは、変るものと云ってあらあ。二十七八と見えても――」
「物を知らねえ野郎だの、こん畜生あ。二十七八だが、死ぬと、人間の首ってものは、十ぐらい齢をとるんだ。女が死ぬと美人に化け、男が溺死すると、土左衛門と、相場がきまってらあ」
「手前、首だけしか見ねえんだろう。俺、最初から見ていたんだ」
七瀬が
「その中に老人が――」
「老人も、若いのも、いろいろいたがね。奥様。まず、こう、その駕
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