と、庄吉の置いて行った財布を出した。
「それは、人様の金子でないか」
「いいえ――あいつの申します通り、もしも、水当りででも、五日、七日寝ましたなら、先立つものは金、又、手前が、これを使います分にゃあ、申訳も立ちますし――あいつも、なかなか、おもしろい奴でございます。手前、これで参ります」
「何程入っていますかえ」
又蔵は、中を覗いてから
「おやっ」
と、いって、掌へ開けた。小判と、銀子とが混っていた。
「ございますよ、八両余り」
「八両?――少し、多いではないか」
「ねえ」
「あれは巾着切であろうがな」
「そう申しますが」
「もしか、不浄の金ではないかの」
又蔵は、立上った。
「もしもの時にゃあ、奥様、又蔵が、背負《しょ》います」
「いいえ。これをもって――」
と、七瀬が金子を差出した時
「では、御無事に――すぐ又、大阪へお迎えに参ります。お嬢さん、気をおつけなすって下さいまし、水当りに――」
又蔵の声が湿った。走るように軒下へ出て、振向いて
「祈っておりまする。奥さん、お嬢さん、行って参りますよ」
綱手は泣いていた。七瀬の眼も、湿っていた。茶店の旅人も、亭主も、両方を見較べていた。
碇山将曹は、四ツ本の差出した書面を見ていた。それには「あかね」で、会合した人々の名が、書いてあった。
[#ここから3字下げ]
大目付兼物頭 名越左源太
裁許掛 中村嘉右衛門
同《おなじく》見習 近藤七郎右衛門
同 新納弥太右衛門
蔵方目付 吉井七之丞
奥小姓 村野伝之丞
遠方目付 村田平内左衛門
宗門方書役 肱岡五郎太
小納戸役 伊集院中二
兵具方目付 相良市郎兵衛
同人 弟 宗右衛門
無役 益満休之助
同 加治木与曾二
[#ここで字下げ終わり]
「この外に、仙波親子か」
大きい、丸い眼鏡越しに、四ツ本を見て
「はっ」
と、頷くと、眼鏡をはずして、机の上へ置いた。そして、金網のかかった手焙《てあぶり》――桐の胴丸に、天の橋立の高蒔絵したのを、抱えこむように、身体を曲げて
「これだけの人数なら、恐ろしくはないが、国許の奴等と、通謀させてはうるさい。それを取締って――時と、場合で、斬り捨ててもよい。と申しても、貴公は弱いのう」
前へ
次へ
全520ページ中100ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング