垣根から、益満の廊下へ運んだ。益満は留守らしく、勝手口から、爺が出て来て
「旦那様」
「物を運ぶから頼むぞ」
「手前も御手伝い致します」
 三人が、垣根のところへ引返すと、七瀬と、綱手とが、大きい包物を持って来た。小太郎が、仏壇を抱いて、よろめきつつ、廊下から降りて来た。深雪は、人形の箱と、位牌を持って
「危い」
 小太郎の後方で、重さによろめく小太郎の脚へ眉をひそめていた。庭の土は、雨で泥になっていた。垣根は、茂った葉で、一度跨ぐと、裾がぐしょぐしょになった。父子が、雨に打たれながら、二三度往復した時
「開けろっ」
 表が、けたたましく叩かれた。八郎太が、縁側から
「深雪、早くっ」
 と、叫んだ。深雪は、周章てて垣根に袖を引っかけながら、入って来た。
「たわけ者が又うせおった」
 と、自分も、着物の濡れたのを拭きながら、裾を、肩を気にしている娘に、小太郎に
「わしらのすることは、これからじゃで、今、何をされても、手出しをしてはならぬ」
 そう云って、小太郎を見た。小太郎は
「よくわかっております」
 戸が、苦しそうに、軋り音を立てた。御家の邸内で、厳しい用心がしてないから、すぐ、閂が外れたらしく、土間へ棒の転がる音がした。
「仙波っ――仙波」
 誰も、答えなかった。どかどかと、踏み込んで来る足音がした。玄関の襖が開いた。廊下が轟いた。次の間へ来た。襖が開かれた。
 もう、暮れかかっていて、部屋の中は、夜色が沈んでいた。庭の植込みは、すっかり暗くて、牡丹の花だけが、白く、だが、雨にうなだれていた。
 襖の後方いっぱいに、足軽が、小者が――そして、水の溢れるように、襖から入って来て、その両側へ、溢れ出て来た。四ツ本の上席にいる佐田が
「仙波、即刻に立退くか、立退かぬか、何れか、この返答だけを聞きたい」
 足軽が、棒を取り直した。
「是非もない」
 八郎太は、立上った。
「小太郎、長持を運べ――いや、待て――佐田氏、人間には足があって、すぐにも、御門前へ出られるが、この長持、諸道具と申す輩《やから》には、不憫《ふびん》ながら、足が無うて」
「道具類は、小者が持ち出そう」
 佐田は、仙波が、すぐ承知したのに、軽い失望と、大きい安心とをしながら
「諸道具類を残らず、門前へ運び出せ」
 仙波父子は、暗い廊下を、人々の中を、玄関へ出た。
「深雪、益満のところへ行っておれ、邪魔に
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