た沙汰か――それとも、外からかと申すのだ」
「何れにてもよろしい。すぐに、退去せい」
八郎太は、鯉口を握った。小者達が、驚愕の眼を動かした。
「聞かぬうちは――ならぬ、断《た》ってとあらば、対手するぞ」
「対手に?」
四ツ本は、八郎太の鋭い気配に押されまいと、身構えた。
「食禄を離れた以上、貴公等一存の指図を、受ける訳がない――」
「食禄を離れた上は、指図を受けるも、受けんもあるか? ここは、島津家の御長屋だ。それに、一時たりとも、縁も、ゆかりも無い浪人者を、住まわしては置けぬ」
「こ、この、たわけっ」
八郎太が、大声を出した。四ツ本は、すぐ、鯉口へ左手をかけた。
「横目付ともあろうものが、よくもたわけた横車を押したな。役目の表として、恥でないか、役目を汚したと判らぬか」
八郎太は、口早に、たたみかけた。
「食禄召上げ程度の者には、三日五日の立退き期間を与えるのは、独り、御当家のみならず、天下の憤わしだ。慣わしは、これ、掟より重い。その掟を、目付風情如きが破るは、上を軽んじ――いいや、上を傷つける不忠の振舞。もし、お上の命ならば、これを止めるが道でないか? しかも、拙者は、斉彬公の直臣、一言でも、斉彬公にこの事を計って御許しでも受けたか? まさか、かかる不法の振舞を、お許しなさる公でもあるまい。又、浪人者と――いかにも、扶持離れした以上浪人だ。その浪人の拙者に、島津家が、天下の掟を破ってまでも、二度の処分をしようと申すのか。天下の慣わしを破り、浪人までも支配しようと申すのか。四ツ本、汝の支配を受ける八郎太でなくなっておるぞ。町奉行同道にて参れ」
八郎太は、怒りに顫えて、いい終ると、自分を押えて冷笑した。
八郎太の冷笑へ、四ツ本も、蒼白な顔の脣に、微笑をのせた。
「成る程――」
暫く、こういったまま、黙っていてから
「この処分は、その方へではない。小太郎の不届に対して――」
「小太郎が、どこで、不届をした」
「岡田小藤次の家へ土足のまま乱入し、弟子を傷つけたのは、不届でないか? それとも、知らんとでも申すか?」
「倅から聞いた。不届千万じゃ」
「よって――」
「だ、黙れっ。いよいよもって奇怪至極。浪人者の倅の働いた狼藉を、何故、島津家からわざわざ取調べに参った? それとも、南北町奉行所から、貴公に立会えとの御通知でもあって参ったのか? 当邸内なら、いざ
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